本日のアメリカのニュース(十字架に磔の自分の絵)

ボストンの8歳の小学生(Special nees studentsとあるので特別養護の子供か)が,両親と共にキリスト教徒がめい想をする寺院を訪れた時にキリストが十字架に磔にされているのを見て,学校で休日に心に残ったことを描いてみるよう先生に言われたため,この様子を絵にした。但し自分の名前をその絵の上に入れて。教師は驚いて,この絵をViolent drawingとみなし,この子供は停学になってしまったとのこと。両親は転校することを決めた。

このような絵を見て顔をしかめるのは,教師がこの絵の意味する所を理解していないのか,このことは神聖で侵すべからずなのか,良く分からない。
またこの子供がこれまで何らかの問題を起こしていたと言う背景があるかないかによっては,今回の停学という処置がどのくらい軽はずみだったのかそうでないのかも分からない。この記事からは,そういう背景の説明もなく,この事象を切り取ってきた客観的な説明のみである。

でも,このことを契機に停学を決定したのはわしには理解できない。本決定に際しては学校も組織だから何人かの賛成があったのだろうが,精神的なダメージをこの国の人々は非常に重く受け止める。公共機関は訴えられるのが怖いからなのか。日本に比べて訴えるのは簡単だし,賠償金は極端に高額,公共機関は住民からの格好の餌食にされる。その流れの中に相手に対する寛大さはほとんど見られない。見られるのは他人を訴える自己弁護のためのとても長い説明だらけ。という所はアメリカの良くない所に思える。

まー,いずれにせよ,こういう話はあまり日本では起きて欲しくないなー。厳重注意とかで終わりにして欲しい。