本日のニュース(自殺大学)

ニューヨーク州のコーネル大学では,ここ半年で6人が自殺をしている。秋学期に3名,2月に1名,そして先週は立て続けに2名が橋から飛び降り自殺をした。

この騒ぎで大学内は騒然となっており,学長はメールで学生にメッセージを発信したらしい。
一方でこの大学では1990年代に自殺者が相次いだことからマスコミに取り上げられ,自殺大学という汚名を与えられてしまっており,それ以来何かあるとマスコミにより悪いイメージが流される,と大学の関係者は苦情を訴えている。

彼らはその後学生に対するメンタルヘルス関係の管理を強化し,2005年以降は自殺者はゼロのままであった。今回の自殺者数についても統計的に他の大学と比べて特異性があると決め付けることは出来ない,と主張する。

この後はやや文章が稚拙だが,
この記事は結局の所,アメリカ人のコミュニケーションを端的にあらわしているように思える。彼らはこちらが知りたいことを出さずに,また具体的な根拠のある数字を出さずに,関係者の話を前面に押し出す。それが論理的,客観的に正しいかどうかははっきり言って,良く分からない。とりわけ主観的である。

まず個々人の正当性をしゃにむに主張する。双方がとにかくまずは良いたい放題言ってから,どちらが公平に言って正しいかを検証していく。なので言わなかったことは一顧だにされない。善意の人が本当に価値のある情報を探し出してくれるなどあり得ない。逆にお金の多少で優位さが決まる。だって価値ある情報は有能な弁護士であればあるほど(そして金を積めば積むほど),見つけることが可能だから。
法の下の平等,と言う「法」は,それを使いこなす人々に極端な差が出ている現状では,平等にすることが非常に難しいのではないか,とも考えられる。

閑話休題

年間3万人を越える自殺者を出す日本では,大学で自殺者が多数出て問題になるという話は聞いたことがない。特定の会社が槍玉に挙げられることもない。
アメリカお得意の訴訟で,この大学はマスコミを訴えないのだろうか。